大阪高等裁判所 平成元年(う)340号 判決 1990年6月05日
本店所在地
大阪市淀川区三津屋南三丁目五番一四号
株式会社新大阪ゴルフ商会
(右代表者代表取締役 成喆永)
右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成元年二月一四日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 大本正一 出席
主文
原判決中、被告人株式会社新大阪ゴルフ商会に関する部分を破棄する。
被告人株式会社新大阪ゴルフ商会を罰金五〇〇〇万円に処する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人渡邊俶治、同田村彌太郎連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、ゴルフのいわゆるロストボールを買い集めて再生販売するなどを業としている被告人株式会社新大阪ゴルフ商会(以下、被告人会社という。)が、内容虚偽の法人税確定申告書を提出する不正の行為により、昭和五八年四月一日から昭和六一年三月三一日までの三事業年度にわたり合計五億九一〇〇万円余の所得を秘匿したうえ、合計二億五三〇一万一六〇〇円の法人税を逋脱したという事案であるところ、その逋脱額が多額であるのみならず、逋脱率も平均約九四パーセントという高率であること、逋脱形態の主要なものは架空仕入れであるが、税務調査などの際に容易に発覚しないように種々の方法で簿外在庫を捻出して、これを架空仕入れ計上時に受け入れたように仮装して在庫調整すると共に架空仕入れ分の領収証を虚偽するなどの方法を用いており、その態様が計画的かつ巧妙であること、被告人会社では昭和五四年ころから本件のような方法による簿外資金の備蓄に取り掛かつたもので、もとより本件各犯行だけでも相当長期にわたつていること、その他本件の罪質・動機・本件脱税による裏金の使途などの犯情にかんがみると、その刑責は軽視できない。
してみると、被告人会社が本件発覚後に修正申告に従い本税を納付したほか重加算税や延滞税についても、その一部を納付し残部は分割納付の予定であること、被告人会社の事業の特殊性から営業上帳簿処理の困難な多額の実質経費が本件逋脱額に含まれていること、被告人会社は実質上その代表者成喆永がこれまで積み重ねてきた企業努力で持つ個人会社であるため、営業活動ことに仕入れ業務については、同人が欠けると成り立つていかないのに、同人が脳腫瘍のためその営業活動に支障を生じていることなど所論指摘の諸情状を考慮に入れても、被告人会社を罰金六〇〇〇万円に処した原判決の量刑は原判決の時点を基準とする限り、あながち重きに過ぎるとは考えられない。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、原判決後、そのころから特にゴルフボールの流行が変化し、ラージボールが急速に使用されるようになつた結果、スモールボールの需要が俄かに落ち込み、被告人会社ではスモールボールの在庫を抱えて深刻な打撃を被つていること、平成元年四月の消費税実施に伴う物品税の廃止などのためにニューボールとロストボールの価格差が縮まつたことに加え、円高・ドル安現象から輸入の新品ボールが廉価で購入できるようになつたことなどから、ロストボールの売れ行きが鈍化して被告人会社の業績が悪化していること、右事態に対応して被告人会社としても従業員を減らすなど経費の節減をはかり、企業の維持と従業員の生活保持に努めていること、加えてその後も前示重加算税と延滞税の残部を現に分割納付しつつあることも明らかにされているので、これに前述の被告人会社に有利な事情を併せ勘案すると、原時点においてなお原判決の量刑を維持することは明らかに正義に反するものと認められる。
よつて、刑訴法三九七条二項により原判決のうち被告人会社に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決することとし、原判決が認定した罪となるべき事実に原判決挙示の各法条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 右川亮平 裁判官 阿部功 裁判官 鈴木正義)
控訴趣意書
法人税法違反
被告人 株式会社新大阪ゴルフ商会
(右代表取締役 成喆永)
右被告人に対する頭書被告事件につき、平成元年二月一四日大阪地方裁判所第一二刑事部が言い渡した判決に対し、弁護人から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。
平成元年六月二八日
右弁護人 弁護士 渡邊俶治
右同 田村彌太郎
大阪高等裁判所第四刑事部 御中
記
原判決は、被告人会社に対する頭書被告事件につき、検察官の罰金七、五〇〇万円の求刑に対して、被告人を罰金六、〇〇〇万円に処する旨の判決を言い渡し、その量刑理由については格別の理由を摘示していないが、本件には、被告人会社に固有の特殊事情並びに最近の業界の変化、税制改革等による営業の実情などを考慮すれば、被告人会社側に憐憫、酌量すべき有利な情状が多々存すると思料されるので、右刑の量定は著しく重きに失し不当であつて、到底破棄を免れないと信ずる。以下、その理由を開陳する。
一、被告人会社の生い立ちと営業面における特殊事情について
被告人会社は、昭和四四年二月三日、資本金五〇〇万円で設立された、代表者成田三郎こと成喆永による、いわゆるオーナー経営の会社であつて(会社登記簿謄本参照)、その業態は、原審において立証されているとおり、各地のゴルフ場においてゴルフ客が見失い拠棄した、いわゆるロストボールを、キャディやゴルフ場支配人等のゴルフ場関係者から、品質の度合により、本件当時の価格では、一個当り七~八〇円から一二〇円程度の値段で買い集め、これを被告人会社の工場で水洗、再生して、再使用できるものと否とを選別し、再使用可能なものをゴルフ場やゴルフ練習場等にロストボールとして一個当り一〇〇円ないし一五〇円程度で販売することによつて、一個当たり三〇円ないし四〇円程度の口銭を利潤としていたものである。
しかして、被告人会社の代表者成喆永が右会社を設立するに至った経緯については、原審公判廷における同人の供述によつて詳細に述べられているとおりであるが、同人は、昭和一三年ころ父と共にいわゆる我国の韓国人強制徴用政策によつて、日本に移住させられ、人並み以下の極貧の中で成長したもので、終戦後、少年時代に戦前からの名門コースで戦時中は食糧増産のために畑に開墾されていた鳴尾ゴルフ場の芝生植えやコースの造成作業に従事したことからゴルフ場関係者との面識も広がり、昭和三一年鳴尾ゴルフ場オープンの後は、ゴルフ場に出入りして、プレイ客が見失ったボールを走り回つて探してやつたり、池に落ちたボールを飛び込んで拾つてやるなど、客の玉拾いをしては、客から小遣い銭程度の謝礼を貰つて生活の足しにするようになつたのが、同人の本件営業の起源である。今日と違つて、当時ゴルフボールは、未だ国内では販売されておらず、海外旅行者が持ち帰る外国品に頼つていた時代であつたから、同人のような玉拾いボーイは客から非常に重宝され、可愛いがられた一面もあつて、被告人は、以来玉拾い一途に徹し、当時ゴルフ客であった各界の名士からの知遇も得て、一介のゴルフ場玉拾いが、次第にゴルフ場やゴルフ練習場にも手を拡げてロストボールの買入れと再生ボールの販売に得意先を増やし、専ら、同人自身が各地のゴルフ場を走り回って、キャディやゴルフ場支配人等にコネをつけ、ロストボールを買い集めてくる個人営業から、一〇数年の歳月と艱難辛苦を経て、昭和四四年会社設立に漕ぎつけ、全国的ゴルフブームの波及に乗つて、今や、全国七ヶ所に営業所を置き、全国各地のゴルフ場からロストボールを買い集め、これを再生して再販するという営業の確立にまで漕ぎつけたのであつて、いかにゴルフブーム盛んとはいえ、成喆永をおいては、決して誰にでもできる商売ではないのである。このことは、全国にこの種の営業を営む同業者が他にいないことからも明白である。
このように、被告人会社は、その生い立ちにおいて、代表者成喆永の苦難に充ちた努力と誠実な生活信条を基礎にして成り立つているものであり、ゴルフブームが急激に加熱した本件脱税事業年度において、多額の脱税を犯したことは誠に申し訳ない次第であるが、同人自身は、社長としての給料も、従業員並みの月給三〇万円で、只々ゴルフボールのために働くことのみを生き甲斐としており、何の趣味も娯楽もなく、酒も呑まず煙草も吸わず、散髪も年に二、三回、会社の事務用紙は新聞の折込広告を使用する、昼間は事務室に電灯をつけない、各地のゴルフ場への出張は自ら自動車を運転して回り、宿泊は車中で睡眠をとる等々、幼少年時代からの貧困生活の中で体得した徹底したケチの精神を貫いており、最近は脳腫瘍の再度の手術によつて、不安の念に襲われながらも、脱税によつて、同人が生涯の夢と悲願していた雨の洩らない自分の家を持つことに資金を充当したこと及び長男の結婚式費用を捻出したことがある以外には、私慾を図り、奢侈な生活に溺れるというようなことは全くなかつたのである。
このような代表者自身の文字どおり爪に灯を点すような質素倹約は、元来、会社の人権費や必要経費で処理できるものを、無意味に抑制して徒らに会社の収益をふくらませ、課税対象を拡大する結果となつている点で、現代的会社経営の観点からいえば、美徳というよりもむしろ愚かとしかいいようがないが、本件脱税の動機、規模、態様を考察するに当たっては、同人の個人、法人の何たるかの認識や、法人経理及び税務処理の理解に欠けていた無知、無学に由来するところもあったことを、裁判所の御理解願いたいのである。
固より、本件脱税事件摘発後の今日、被告人会社の法人としての実体の確立、合理化については、経理及び税務の専門家を入れて改善を進めているところであるが、更に、本件脱税計算の中には、営業上、やむなく帳簿処理のできない多額の実質営業費が含まれていたことについても、被告人会社に酌量すべき情状があることを御理解賜りたい。
すなわち、最初に申し述べたように、本件は一個当り僅か一〇〇円前後の値段で仕入するロストボールの再生販売を営業とするものであるが、私ども素人考えからすれば、それで年間何億円もの取引が行われるほどに、ロストボールが集まるせのかと信じ難いくらい、極めて大量のロストボールが現実に集荷されているのである。そして、各地のゴルフ場がロストボールを拾い集めて、被告人会社の代表者たる成喆永に売渡すには、キャディ等の現場従業員が仕事の合間にロストボールを探し出してくれなければならず、また、これを纏めて売渡して貰うには、その責任者や関係者と個人的に密接なコネクションを維持継続しておくことが絶対に必要不可欠である。再生したロストボールを販売する場合も同様のことがいえる。このため、同人は長年の信頼関係を基に、各地のゴルフ場のキャディマスターなりフロント責任者等はもちろん、一人一人のキャディや時には専属のプロゴルファーとも常時密接な接触を保ち、原始的な人間関係を維持することが商売のコツともなっているのであるが、これには、同人が自ら毎月一、二回程度各地のゴルフ場を回るについて、そのつど、多数関係者に謝礼として手土産代に現金を供与しているのが実情であつて、その額は一人に一万円前後ないし数万円のこともあり、ある場合には、同人が酒を飲まないために関係者に一〇万円前後を饗応費用として手渡すこともあるのである。
(同人の原審公判廷における供述)。
これらの出費は、常識的にも肯認しうるものであり、会社経理上は交際費というよりも、むしろ、仕入又は売上促進のための必要経費に計上し得る性質のものであるから、国税当局も本件査察当時には、相手方の領収証又は裏付け供述が得られれば経費として認めようということであった。しかしながら、このような支出は領収書が貰えるはずもなく、いわんや受取人の氏名を明かして裏付供述を徴し得る筋合のものでもないのである。そのようなことをすれば、成喆永の人間的なつながりが一挙に崩れ、以後の取引を絶たれること必然であるからである。
したがつて、これらの経費が税法上認められないことについては止むを得ないのであるが、少なくとも、本件脱漏所得の使途の中には、実質的に右のような被告人会社の経営上、必要な経費が年間数千万円程度費消されていたことを考慮に入れて、本件脱税額の実体を御賢察いただき、被告人会社に対する罰金の量刑に当たっても、単純に起訴額を基準として判断されないよう御考慮願いたいのである。
二、最近における被告人会社の営業状態の変化、時に業績悪化事情について
1、ゴルフボールのスモールボールからラーヂボールへの移行について
公知のとおり、ゴルフブームは今なお旺盛であり、特に婦人アマゴルファーは最近急激に増加の傾向にある。
ところが、昭和六三年春アメリカプロゴルフ協会がゴルフコンペに使用するボールをラーヂボールに統一したため、以来、プロゴルファーはラーヂボールを使用しなければ公式競技に出場できなくなった。そして、その傾向はアマチュア間にも拡がり、本年に入ってからは、全国のゴルフ場で、プロ、アマを問わず公式競技(クラブ月例杯など)には、全て、ラーヂボールが使用されることに統一されている。このため、最近では、ラージボールの使用が急速に広まり、日常のプレイにおいても、ほぼ全面的にラージボールが使用され、従来のスモールボールを使用してゴルフをプレイする客は極めて稀にしか見かけないのが現実である。最近急増した女子プレイヤーにしてもラーヂボールの使用者が圧倒的に多い。また、これに伴つて、当然のことながらゴルフ練習場においても次第にラーヂボールの使用に移行しつゝあり、今や、スモールボールの需要はほとんどなくなったといっても過言ではない。
右の実情は、被告人会社の営業面に極めて深刻な打撃を与えている。すなわち、被告人会社がこれまで全国各地のゴルフ場から買い集めて来た大量のロストボールはその大半がスモールボールであったが、これを再生しても、右の事情から売れなくなったのである。特に従来需要量の多かったゴルフ練習場でさえ、スモールボールは買わなくなったのである。このため、被告人会社にはスモールボールの在庫が従前の二倍以上滞留しており、このままでは廃棄処分さえ予測され、多大の損失を免れない実情である。一方、ラーヂボールのロストボールは需要に応じて売れるものの、その仕入は、ボール移行の過渡期にあつて未だ大量に出廻る状態にはないので、入手難であり、被告人会社としては、ここ当面が営業上最も苦しい時期に遭遇しているのである。当面は、被告人会社の従前のような利益が望めずジリ貧の苦境にあつて、代表者成喆永としては従業員も一年前の三四人から二六人に減らし、経費の節減に努めながら、残る従業員の生活を維持してやることに懸命である(以上の実情の変化については、控訴審において立証予定)。
2、税制改革に伴う業績の悪化について
平成元年四月一日より消費税制度が実施され、これに伴い、ゴルフ用品に課せられる物品税が廃止されたことは社会公知の事実である。
しかして、右の税制下では、ゴルフボール一斉値下げが実施されており、国産新品ボールの従来製品は製造各社とも一律に一個三〇〇円に値下げしたのを初め、新製品でも一個七~八〇〇円のものが一個当り一〇〇円以上の値下げを実施している。更にアメリカから輸入をされる新品ボールはドル安、円高現象も加わって、今日ではスポルディング系統のものでも、ウイルソン系統のものでも一個当の二〇〇円で購入できるのが実際である。
このように新品ボールとロストボールの値段の格差が縮まってくると、必然的に、ゴルファーの選択は、最早ロストボールよりも新品ボールの購入に移行するのが自然の成行きであつて、各地のゴルフ場ではロストボールの売れ行きが急激に減少しているのである。被告人会社にとっては、営業上避け難い多大の打撃であり、前記スモールボールの売上不振と相いまって、業績悪化の傾向が前年度決算との対比及び月別決算の数字の上でも顕著に表われている(この点原審判決後の情状の変化として控訴審において立証する)。
三、被告人会社の罰金支払能力について
被告人会社に対する検察官の罰金七、五〇〇万円の求刑意見に対し、原判決の罰金六、〇〇〇万円の量刑は、いずれも、本件三事業年度の脱税額合計二億五、三〇一万円余を基準として一応平均的な刑の量定を示されたものと考えられ、ある意味では公平といえるかも知れない。
しかしながら、本件は前述してきたような被告人会社に固有の特殊事情、更には最近における業界情勢の変化による業績の悪化状況等、事件の一つ一つに見られる個別的、特徴的な情状を顧慮することなく、一律的に平均的な刑を量定するのは、実質的には公平に反するばかりでなく、量刑著しく失当であつて重きに過ぎ、刑事裁判の根幹を成す刑事政策的配慮にも欠けるものといわざるを得ない。
控訴審において立証を予定している被告人会社の現在における経理内容の実情からいって、いま、被告人会社に六、〇〇〇万円の罰金を課せられるとなると、会社は倒産の破局を迎えることになりかねない状況にある。
すなわち、被告人会社は、従前からロストボールの仕入れは全て現金払いでなければ仕入れができないのに対し、販売は全て約手支払いで取引しているが、その資金手当てができなくなるのである。
加うるに、被告人会社は、その犯した脱税事犯の当然の報いであるとはいえ、本件脱税による修正本税、事業税、府市民税を、全預金を吐き出して納付したため、現在では納税預金以外の銀行預金も皆無である上、本年五月現在、国税の重加算税及び延滞金の未納分が一億円余残存しており、これを毎月三〇〇万円支払いの約束手形で決済している窮状にある。更に平成元年度の確定申告納税も切迫しており、前記最近における被告人会社の業績不振と相いまって、罰金の支払能力に切実な危機感を抱いているのが偽らざる心情である。
何卒、この辺の事情に憐憫の情を至され、原判決を破棄して更に温情ある罰金刑の減軽を賜るよう懇願する次第である。